UUTT

610&hari

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【どうぞ 〜感謝の気持ちをこめてます〜】



「掴まえたっ!はい、じゃあ次はへーすけ君が鬼ね」
「ちょっと待てよっ!今捕まったのはちづるだろー?何でさっきからちづるが捕まると俺が鬼になるわけ?」
自分が捕まった訳でもないのに、先程からちづるが捕まる度に彼女の代わりに鬼をやらされているへーすけが遂に不満の意を唱える。
「それはだって……ほら」

そうじはちづるの手を引きこちらへ連れてくると、彼女をへーすけの目の前に立たせこう聞いた。
「ちづるちゃん鬼ごっこ楽しい?」
「はい!」
「へーすけ君がちづるちゃんの代わりに鬼やってくれたら嬉しい?」
「はい!!」
「……って事なんだけど」
「判ったよ。やりゃーいいんだろ?ったく汚ねーよなっ俺がコイツの目に弱いって知っててさあ……」
「……よく聞こえなかったんだけど。何か言った?」
「な、何も言ってねーよっ!!」
じっと自分を見上げるつぶらな瞳に心の中を思い切り掻き乱されたへーすけは、渋々鬼を務める事を承諾する。




散々遊んだ後で縁側に並んで座りお茶を飲んでいる時、へーすけは思い切ってちづるにひとつ頼み事を口にした。
「ちづる、あのさ俺今日おまえの代わりに何回も鬼やったじゃん。だからお願いひとつ聞いて欲しいんだけど」
「お願い?」
「耳……さ、おまえの耳触らせてくれないか?俺前から一度でいいからおまえの耳触ってみたかったんだよね」
「はい、どうぞ!」

ドキドキしながらお願いしたにも関わらず、言われた当の本人は何だそんな事かとあっさり気前よくへーすけに向かって頭を下げる。
スーッと撫でるとしっとりした手触りが肌に馴染んで何とも言えず気持ちが良い。
「うわーっ、めちゃめちゃ気持ちいい!」
「ちづるちゃんは耳のお手入れいつもしてるからスベスベなんだよね。でも僕はこっちの方がパフパフしてて好きだけど」
鬼を代わってやった訳でもちづるに許可を得た訳でもないのに、どさくさに紛れてそうじはちづるの小さい尻尾を弄んでいる。

勝手に触られてくすぐったいのか嫌なのか……ちづるはもじもじと身を捩るもそうじはなかなか手を放そうとしてやらない。
そうじに倣えとばかりにへーすけもそろそろと手を伸ばしかけたその時    
「……そうじ悪ふざけにも程がある。いい加減その手を放せ」
それまで黙ってお茶を飲んでいたはじめが低い声でそうじを諌め、続けてあと少しで目的のそれに辿り着こうとしていたへーすけの手をギロリと睨んだ。

「何だよ、俺まだ触ってねーんだからそんな怖い顔して睨むのやめてくんない?」
慌てて手を引っ込めたへーすけが、返す返すも残念と言った感じで大きくため息を吐く一方で、
「はぁい。僕は耳も好きだから構わないんだけどね。……そうだ、はじめ君もそんな怖い顔してないで耳触らせて貰いなよ」
泰然と手を引いたそうじは、はじめの方に耳を向けてやるようちづるに言う。
「いや……俺はいい」
はじめは自分の方に差し出された長い耳をほんの一瞬だけちらりと見ると、すぐそのまま前を向いてしまった。

「おーっ!こんな所にいたのか。おまえら鬼ごっこして沢山汗かいたんだろ?土方さんが飯の時間まで間があるから今のうちに風呂入っちゃえってよ」
呼びに来た平助の後を追って『風呂〜!』と駆け出していったへーすけ。
それに続くように立ち上がった三人だけに聞こえる小さな声でそうじが呟く。
「そっか。ちづるちゃん汗かいちゃったから、だからはじめ君触りたくないんだ。はじめ君は綺麗好きなんだもんね」
その言葉に対し肯定も否定もせず黙ったままのはじめ。ちづるは少し寂しそうな顔で、触ってもらえなかった耳を自分でツルリとひと撫でした。

◇◆◇

皆に続いて脱衣場に入ろうとしたちづるの肩を、はじめは少しだけ強くトンッ……と押し、脱衣場から押し出した。
「……おまえは後だ。出来るだけ早く出るようにするからここで待て」
はじめはそれだけ言うとちづるの目の前で脱衣場の引き戸を閉めてしまった。

「…………」
言われたとおりその場で待つちづるは、傍から見ていて気の毒なくらいしょんぼりとしていた。

「おいおまえ、こんな所で何してやがる」
聞き覚えのない声に顔を上げたちづるの目の前に立つのは誰か。頭には、ちづると同じく長い耳があるのが見える。
『……見た事のないけど誰だろう?』
「口が利けねぇわけじゃねぇんだろ?ここで何してんだって聞いてるだろうが」
まじまじと自分を見つめるちづるの視線を不愉快そうに避けながら、同じ質問を繰り返す。

「お風呂を待ってます」
「……は?」
「皆の出た後がちづるの番だからここで待ってなさいって」
「……誰かにそう言われたのか?」

コクリと頷いたちづるはまた寂しそうにしょんぼりと俯いた。

「何だよ、おまえ他の奴らの後で入るのが不満なのか?」
続けて投げられた問いかけに、ちづるはふるふると首を振って答える。
「どうして一緒に入ったら駄目なのか判んないだけです」
「だったらそれを言った奴に聞いてみりゃ良いじゃねぇか。ちゃんと教えてくださいって言やそいつも判るように説明してくれるだろうよ」
そういうと、ちづるの頭にポフッと手を乗せ    
「つまんねぇ事でくよくよしてんじゃねぇよ」
それだけ言ってニヤリと笑うと、そのまま廊下を歩いていってしまった。

「……あ」
その凛々しい後姿に似合わず、名も知らぬ彼にも普段そうじにパフパフと弄ばれている自分の尻尾と同じものが付いているのを発見すると、ちづるは嬉しそうに小さくニコッと笑みを零した。




    その者の姿が見えなくなった頃。
「はーっ良い湯だった。ちづるお先にっ!!」
身体中から湯気を立てて出てくるへーすけに続いて、そうじとはじめもぞろぞろと出てきた。
広間へと向かうへーすけとそうじに対し、何故かはじめだけがこの場に残った。

「……遅くなってすまなかった。俺がここで見張っててやるから入ってこい」
「見張る?……あの、どうして皆と一緒に入ったら駄目なんですか?」
普段世話になっている松本良順の自宅より大きなお風呂で、今日は皆と一緒にわいわい入りたかったのに。
残念そうにしているちづるに判りやすく伝えるために、はじめは一生懸命言葉を選んで説明する。

「……おまえはまだ幼い……が、しかしそれでもおまえは女子(おなご)だ。自覚を持てというのはまだ無理かもしれないが男の俺たちと一緒に風呂に入るのは間違っている。……それと、」
一瞬言いにくそうに言葉を切ったはじめは、じっと聞き入るちづるの様子を確認すると再び話の続きを始めた。
「……それと。そうじの好きにさせておくな。尻尾など触られて嫌な時ははっきり断れ。野放しにしておくとアイツはどこまでもつけあがる。……これで以上だが今の話判ったか?」
「はい!じゃあお風呂行ってきます。ちづるはオナゴだから他の人が入ってこないように見張っててください!」
はじめのいう女子がどういうものなのか、正確にはまだ理解しきれたとは言い難いものの。
ちゃんと説明してもらえた事が嬉しくて、ちづるはニコニコしながら引き戸を閉めた。

◇◆◇

「お待たせしました。見張りありがとうございました!」
急いで出てきたのか……まだ毛先からポタポタと雫を滴らせながら、ちづるはガラリと引き戸を開けた。
「……まだ濡れている……ちゃんと拭け」
自分の手にしていた手拭いでちづるの頭をゴシゴシと拭いてやるはじめの手つきはとても優しいものだった。

「あの……頭洗ってきました。いっぱいいっぱい洗ってちゃんと綺麗にしてきました」
「…………?」

それは判っている。だから今こうして頭を拭いているのに。
今ひとつちづるの言いたい事が判らずにいるはじめの目の前に    
「だからもう汚くないです。はい、どうぞ!」
ちづるはペコリと頭を下げ耳を差し出した。
ちゃんと頭を洗って綺麗にすれば、きっとはじめも耳を触ってくれる。そうすればこの見張りのお礼に出来るかもしれない……そう考えたちづるは慣れない屯所の風呂で一生懸命頭を洗ってきたのだった。

先程は別に汗をかいていたから触らなかったわけじゃない……遠慮と躊躇いで手が出せなかっただけなのに。
それでもちづるの心遣いをありがたく受け取ろうと、はじめは恐る恐る手を伸ばした。

「…………っ!」
「……気持ちいいですか?」
「……ああ」
「良かったぁ!」

触った本人より触らせたちづるの方が喜ぶという……それは何とも妙な光景だったが。

「……そろそろ夕餉の時間だ。俺たちも広間に行くぞ」
「はい!」

トテトテとはじめの後ろを付いていくちづるは、この時前を歩くはじめが滅多に見せない優しい笑顔を浮かべていた事などまるで気付いていなかった。


脱衣場前の廊下で出会った『彼』と、数日後に改めて対面する事はまだ誰も知らない    



【 完 】










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