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610&hari

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【紙風船 〜としぞう“忍耐”を学んだ日〜】



「いよいよあいつもここで生活することになるらしいな」
「えーっそれマジ?!あいつ2号のくせにやたら態度でかいから扱いが面倒なんだよな!」
「……だな。俺なんかこの間あいつの事を名前で呼んだら『何呼び捨てにしてやがる。“さん”をつけやがれっ』って文句言われたんだぜ?」

夕餉の後の広間で、先程から平助や原田達が誰かについてヒソヒソと話し込んでいる。

    その一方で。
「なぁ俺らあいつの事なんて呼べばいいんだよ?『としぞう』なんて呼びにくいったらありゃしねえ」
「無理無理そんなのぜってー無理!左之さんだって文句言われたのに俺らが呼び捨てなんかしたら何されるかわかんねーし」
こちらはこちらで2号たちが額を突き合わせ、多分平助達が今話題にしている者の呼び名についてしきりに議論を重ねている。

「ははっ、皆彼の扱いに困ってるじゃないですか……きっとあんたに似て横暴で尊大で傲慢なんでしょうね。本当に彼もここで生活させるつもりですか?」
「俺が横暴で傲慢かはさておき、別にあいつとは親でも兄弟でもねぇんだから似てるとは限らねぇだろうが。いつまでもあいつだけ余所に置いておく訳にもいかねぇんだから仕方ねぇだろ?……それともあいつもちづると一緒に松本先生に預けるか?」

「……それは駄目ですよ」
ふいに足下が静かになったのに気づいた土方がそちらに視線を向けると、そうじ、はじめ、へーすけ……皆それぞれ一様にどこか不満そうな表情で土方を見上げている。
「彼だけ特別扱いしたら、屯所内でこの子達の暴動が起きますよ。大変なのは僕らなんですから。不用意な発言はやめてもらえませんか」
「ちびのくせにこういう所だけ一丁前に面倒臭ぇ連中だな。……ま、呼び名なんてのは付き合ってく中でおいおい決めていきゃぁいい事だしよ」
「そうですね。思い切って『とっしー』なんて砕けた感じも親近感が沸いていいかもしれない」
「いいわけねぇだろうがっ!……おい総司、こいつ等にくだらねぇ入れ知恵しやがったらただじゃおかねぇからな!」

大袈裟に肩を竦める沖田に舌打ちしてみせた土方は、『2号の付き合いは2号同士で決めればいい話だ』とさっさと自室に戻ってしまった。

どの会話にも入れないちづるは、お茶を配り終え部屋の隅に腰を下ろした千鶴の隣で退屈そうに大きな欠伸をひとつした。
「今度ね、ここに一人仲間が増えるんだって。としぞう君っていってね、ちづると同じように長い耳を持ってるんだよ」
「……としぞう君?」
自分と同じ長い耳。その言葉に、ちづるはつい先日はじめ達が風呂に入っている間脱衣場の前にひとりぽつんと佇んでいた時、見知らぬ者に声を掛けられた事を思い出した。
確かその者の頭にも、長い耳が付いていた。『判らない事はちゃんと聞け』と教えてくれた名前も知らない誰か    

「きっと土方さんに似て優しいと思うよ。ちづる一緒に遊んで貰えるといいねぇ」
「はい!」
嬉しそうに目をきらきら輝かせながら、ちづるは元気よく返事をした。

『…………』

何気なくされたこの千鶴とちづるの会話に、そうじがこっそり聞き耳を立てていた事など、その場に居た誰一人気付いてはいなかった。
この時の二人のやりとりが、後々【ひじかたとしぞう】が屯所で生活するにあたっての最初の試練のきっかけになるなど予想もしていなかったのだ    

◇◆◇

「はい、じゃあ宜しくお願いします」
「おいっちょっと待て!こいつは何だ?!」

自分の胸元にギュウギュウと押し付けられる小さな生き物。
それが何なのか確認しようにも、こうも容赦なく押し付けられては確認のしようがない。
「そうじてめぇ……ふざけてねぇで人の質問に答えやがれっ!!」
思わず声を荒げると、胸元の小さな塊がびくりと身を竦めた。

後ろから押されていた手が外され、その小さい生き物がぷはぁっと苦しそうに息を吐いた。押しつぶされていた鼻を小さな手で撫でている。
「この怖い人がね、きみの名前が知りたいんだって。教えてあげられる?」
「ちょっと待て、誰が怖い人だ……大体俺が聞きたいのはそういう事じゃ    
「……づる」
「……あ?」
「初めまして、ちづるです」

聞き取れなかったとしぞうのために律儀に自己紹介を繰り返したちづるは、初めましてと言いつつも『前に会った事ありますよね』とでも言いたげに、その大きな瞳で恐れる事なくとしぞうの顔をまじまじと見上げた。
「俺は……ひじかたとしぞうだ」
「……としぞうさん」
「すごいね。この人の事名前で呼べるのなんて2号の中じゃきみくらいだよ」
そうじの言葉に誉められたと勘違いしたのか、ちづるは嬉しそうにニコニコと笑っている。
対してとしぞうは     さすが2号と言うべきか。
土方と同じように眉根に思い切り力を込めて眉間に深い皺を刻んでいる。

「じゃあ、無事に自己紹介も済んだみたいだから僕はこれで。夕方迎えに来ますからそれまで宜しく」
「そうじっ!おい、こら待ちやがれっっ……!!」
としぞう渾身の叫びも虚しく、そうじはとしぞうとちづるを残しさっさと部屋から出て行ってしまった。

それまで屯所とは別の場所で生活していたとしぞうも、いよいよ生活の場をそうじたち他の2号と共にする事が決定となり。
『あの人がここでちゃんとやっていけるか確かめないと』とそうじが持ちかけた試験一発目がこれ。
ずばり     『ちづると仲良くなり、ちゃんと面倒を見てやれるか』

雪村千鶴が日頃忙しくしている事が多い為、主にちづるの面倒を見ているのは自分たち2号。
としぞうもその役割を担ってもらえるのでないならば受け入れる事は出来かねる……というのがそうじの言い分だ。

『……なぜ俺がこんなガキの面倒見なくちゃなんねぇんだよ!』本心ではそう思うのだがそうじが戻って来る気配はない。
そのままちづる一人放って帰るわけにも行かず、仕方なくとしぞうは畳みの上に胡坐をかいた。

人懐こいのか、それとも元々警戒心や危機意識が薄いのか    
まだほぼ初対面にも関わらず、ちづるはとしぞうの隣にちょこんと正座してニコニコ笑いながらとしぞうを見ていた。
「……何だよ」
「耳がちづると一緒ですね!」
自分の自慢の立派な耳が……としぞうは複雑そうな表情を見せるも、ちづるはそれに気付く事なく自分の耳をつるりと撫でながら『お揃いですね』と嬉しそうに笑った。

◇◆◇

「「………………」」

全く会話も弾まないまま刻々と時間が進むにつれ、次第にちづるがこの状況に飽きてウトウトとうたた寝をしはじめた。
『……まずいな』
今この場をそうじに目撃されたら、たちまち試験不合格の烙印を押されてしまう。しかし為すすべもないのにちづるを起こすわけにもいかない……さて一体どうすれば?
もはや万事休すと思われたとしぞうに救いの手が差し伸べられた。
心配でそっと隣の部屋から様子を窺っていたはじめが斎藤を連れて部屋に入ってきたのだ。

「ひじかたさん、こちらへ」
部屋の隅にある文机の前に呼ばれたとしぞうは、そこで便箋を正方形に切ったものを斎藤に渡された。
「……これは?」
「紙風船の作り方を教えてやる。出来上がったらそれであの子の相手をしてやればいい」
『この人の言う事に間違いはない。』とでも言いたげなはじめの熱い視線を受けて、としぞうも大人しく文机に向かう。
それからしばしの間、としぞうとはじめ二人並んで斎藤から紙風船の折り方を手ほどきしてもらい、一番上手に出来た物を膨らませるとちづるの元へ戻った。

「ちづる……おい、起きろ」
ウトウトしていたちづるがぼんやり目を開けたそこには、紙風船を抱え誇らしげに立つとしぞうの姿があった。
「今からこれで遊んでやるから、おまえはその辺に立て」
「はい!」
嬉しそうに指示された位置にトテトテと走るちづるの様子に、斎藤とはじめはホッとした顔で視線を交わした。

「……いいなぁ〜」
キャッキャッと楽しそうに声を上げて笑うちづるの姿を追う大きな翡翠色の目。
それは障子に穴を大きく開けて、部屋の中を覗くへーすけの目だった。
へーすけは自分も遊んだ事のない『紙風船』とやらで息を弾ませながら遊ぶちづるを羨ましそうに眺めていた。

隠れ動物が3匹居るよ!バレバレだがなっww(*゚∀゚*)ノ

そんなへーすけの立つ障子の目の前に紙風船がコロコロと転がり     それを拾いに来たちづるは畳の縁に足をひっかけ紙風船の上に倒れこんだ。

ぐしゃという音と共に見事に形の崩れた紙風船を見て、ちづるの目にはみるみるうちに涙が溢れんばかりにたまっていった。
「紙……風船が……うぅっ」
「泣くな」
ちづるの傍までやってきたとしぞうは落ち着いた態度で拾い上げると、先程斎藤に教わった口から空気を吹き込んだ。
「こうすれば元通りだろ?……だから泣くな」
「うわぁ直った!すごーい!!としぞうさん、すごいですね!」
あっという間に元通りの形に戻った紙風船を手渡されたちづるは、泣いたカラスがなんとやら……で再びトテトテと紙風船を抱えて走り始めた。

「そんな所に突っ立ってないでこっちに来たらどうだ?」
としぞうは障子をスパンと開けそこに立つへーすけを招きいれ、それまで庭の植え込みの陰から様子を見ていたはじめにも一緒に遊ぼうと声を掛けた。

「ふーん……人の心を掴む術はさすがだね」
離れた所から様子を窺っていたそうじがとりあえず今回は合格と告げ、その日の試験は無事終了となった。

◇◆◇

すっかり懐いたちづるがなかなか離れようとしないため、その日彼女を松本医院まで送る役目はとしぞうとはじめになった。
お気に入りの遊び道具になった紙風船を大事そうに両手で抱え嬉しそうに歩くちづるを、としぞうはそうじに押し付けられた時より随分と穏やかな目で眺めていた。
ふと気がつくと、ちづるの持つ紙風船の一辺に何か描き込まれている。
自分が彼女に渡した時には何も書き込みなど無かったはずだが。

「ちづる、ちょっとそれ見せてみろ」
手渡されたそれを確認すると……そこには限りなく簡素化された、けれど耳の形から言って間違いなく自分と判るヨレヨレの似顔絵が描かれていた。
「……これどうした?」
「そうじさんが、ここの絵をバーンって打つと上手に返せるよって描いてくれたんです」
『ちくしょう、そうじの野郎……しかしこいつに罪はねぇ……』
きらきら光る純真無垢な瞳で見上げられればそれ以上声を荒げることも出来ず。

目だけ羅刹発動中(笑

眉間に深々と皺を刻み苦虫を潰した顔で歩くとしぞうと、どう対処すれば良いのか判らず微妙に視線を逸らしたままのはじめ。
そしてそんな彼らの事などお構い無しで相変わらずニコニコと嬉しそうに笑うちづる。


その頃屯所では、としぞうとはじめが作り置きした紙風船全てにそうじの筆が入れられている事など露知らず。
日が暮れる前に着かねばならぬと、彼らは松本医院までの道を急ぐのだった    



【 完 】










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