UUTT

610&hari

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【頑張ったきみにご褒美】



今日も今日とて、暑さをものともしない明るい声が玄関から聞こえてくる。

「こんにちはーっ!!」
「ははっ、いらっしゃい。毎日暑いのにご苦労様だね」
出迎えてくれた井上にぺこりと頭を下げたちづるは、迎えに来てくれたそうじとさのすけの隣に腰を下ろして履き物を脱いだ。

「ああ暑い……ねぇ夏とか冬の間はこの子もここで生活出来るようにあの人に言ってみようか」
「無理だろ、どうせ。俺らが言った所でそんなに簡単に変わらねぇって」
そうじを宥(なだ)めるさのすけの言葉にも今一つ力が入らない。
ちづるがお世話になっている松本医院までの行き帰りだけで既に二人は相当体力を奪われているらしい。

京の夏はとにかく暑い。
普段何から何まで斎藤の真似をしたがるはじめが、耐えきれずつい襟巻きを外してしまう程に。
日頃ちづるの送り迎えは割と競争率が高く、彼らにとって大切な“任務”なのだが、今朝のように早い時間から夏の強い日差しが照りつける日に限っては皆および腰で……今回のお迎えも公平にじゃんけんした結果選ばれた二名で行ってきたところなのだ。

「駄目だ……俺しばらくここから動けねぇ。源さん悪いけどしんぱちにここまで水持ってくるように伝えてくれ」
「おいおい二人とも、トシさんにこんな姿見られたら雷が落ちるんじゃないのかね?さぁ、いつまでもこんなところでへばってないで中庭に行きなさい。水なら後で私が持って行ってあげるから」
「中庭ぁ?……もしかしてっ!!」

途端に元気を取り戻した二人は勢いよく立ち上がると中庭に向かって走りかけるが、ちづるをどうすれば良いのか互いに顔を見合わせその扱いに困っている。

「この子の事なら心配いらないよ。君達は早く中庭へ行きなさい。さ、ちづるちゃんはこっちへおいで」
「はい!」
そのまま井上に連れられ、ちづるはどこかに行ってしまった。

◇◆◇

頑張ってちづるを迎えに行った二人の為に、中庭には井戸の冷たい水が張られた大きなたらいがでんと置かれていた。縁側で褌(ふんどし)いっちょの姿になったそうじとさのすけはたらいの水に浸かり、強い日差しで火照った身体を休ませる。
「はぁ生き返るってもんじゃねぇか」
「井上さんは優しいね。あの人なんかこの間散々お願いしてやっと汲んでくれたんだよ」
ここでそうじの言う“あの人”とは言わずもがな土方歳三の事。

そうじが庭に置いたたらいに井戸の水を汲んでくれと土方に頼んだのはつい先日の話。
最初は何かまた良からぬ事でも企んでいるのではと訝しんでいた土方も、暑さに参った彼らが本当に嬉しそうにたらいの水に浸かっているのを見て何か思うところがあったらしい。今日のこのたらいもきっと土方から言われた井上が用意してくれたに違いない。口では色々言ってはいるものの、その辺りの事はきっとそうじにも判っている筈……なかなか素直になれない彼の横顔を眺めながらさのすけがニヤニヤ笑っていると。

「うわーっ、ずりぃよ二人だけでこっそりなんて!俺達もちょっと入らせて!!」
声がしたかと思った次の瞬間、もうへーすけは着物を脱ぎ捨てザブンとたらいに飛び込んできた。
「バカッ!川で泳いでるのと訳が違うんだ。やたら無闇に飛び込んでくるんじゃねぇよ」
水しぶきを頭から浴びせられたさのすけがへーすけに文句を言っている間に、脱いだ着物をきちんと畳んでいたはじめがたらいの空いている場所に静かに入る。

「君達ずっと涼んでたんでしょ?」
「はぁ?!何言ってんだよ。俺等だって今まで一仕事してたんだっつーの!……ちょいちょい、はじめ君ものんびり浸かってないで何とか言ってくれよ」
「……おまえたちが出て行った後、手が空いているのなら手伝えとへーすけと俺は今まで廊下の雑巾掛けをやらされていた」
「そうだぞ!俺らの足跡が汚ねぇとか拭いてる横でずっと山南さんにブツブツ文句言われてよ。こっちだってすげー大変だったんだからな!」

せっせと床を磨く二人の横で手を抜かぬよう目を光らせる山南……何と恐ろしい光景……。
『もしかして、俺らの方が楽だったんじゃねぇ?』何となくそんな事を思いつつここにいないしんぱちが気にかかる。

「……で、しんぱちのヤツはまだ廊下拭いてんのか?」
「あー……しんぱっつぁんね……」
「しんぱちは何度注意しても障子を破くからと、今罰として屯所中の障子の張り替えを手伝わされている」
「屯所中?!……そりゃキツいな」

しんぱちは先日貰った刀を振り回してはしょっちゅう障子に穴を開け、その度に土方や山南に叱られていた。
厳密に言えばへーすけもたまに開けたり、そうじも見つかりにくい所でこっそり破いたりはしているのだが、へーすけは雑巾掛け要員として山南に連れて行かれた後でそうじは出かけた後。必然的に最後に残ったしんぱちに、全ての責任が背負わされたというわけらしい。

「……俺等今日じゃんけん負けて良かったな」
「そうだね。お迎えが一番“当たり”だったのかもね」

そうしみじみ呟いた後、しばし四人で身体を休めていたが    

「……ぬるい」

上から降り注ぐ夏の日差しとギチギチに詰めて入っている四人の体温で、たらいの水は瞬く間に冷たさを失ってしまった。
誰かに井戸の水を汲んでもらいたくとも皆巡察や稽古に出ていて近くにいない。井上はちづるを連れてどこかに行ったきり戻ってこない。
「俺土方さんにお願いしてくる!」
多少渋い顔をされたとしても冷たい水を入れてもらえるのならば……と、へーすけはザバンと勢いよくたらいから飛び出して土方の部屋へと駆け込んだ。
「ねーねー土方さん。たらいに水を汲んでくれよ」
「水だと?おいこの馬鹿っ!何濡れた身体のまま人の部屋上がりこんでんだよ!」
「なぁ頼むったら」
「判った、判ったからさっさと部屋から出やがれっ!!褌から水がぽたぽた垂れてんじゃねぇかっ!」
とにかく自分がここから動かない事には、このチビ助はいつまでも部屋に居座るに違いない……大事な書物が広がる部屋の中で、褌から水を滴らせながら。

「すげぇ……あいつもう土方さん連れてきた」
どうせ『ぬるいくらいなんだってんだ』と部屋から叩き出されるに違いないと踏んでいた三人は、あっさり土方を連れてきたへーすけに惜しみない拍手を送る。

相当険しい顔つきではあったものの、土方は四人のために冷たい水をたらいいっぱい汲んでやると、
「今度濡れた身体で部屋に来てみろ……ただじゃ済まねぇからな」
とひと言言い残して自分の部屋へと戻って行った。

土方が去ってそう時間も経たないうちに    
「……ぬるい……」
だったら出ればいいのだが一度水の冷たさを知ってしまったら、そう簡単にここから離れる事なんて出来やしない。何も言わずスクッと立ち上がったはじめは静かにたらいから出るとそのまま土方の部屋へと向かった。

中庭を歩き、土方の部屋へと面した縁側の手前まで来た所で、はじめの足はピタリと止まった。褌をそっと掴みキュッ……と絞るも、その手を離した途端ぽたりぽたりと雫が落ちる。先ほどの土方の言葉を思い出し、はじめは困った顔でその場に立ち尽くしていた。

「……?」
中庭から何者かの視線を感じた土方がそっとそちらに目をやると、少し離れた所からはじめがこちらをジッと見つめている。ただひたすらにこちらを見つめるそのわけとは……思い当たる事といえば今は“あれ”ぐらいしかない。

・・・へーすけの褌は誰のでしょうねw(笑

「……水か?」
こくりと頷いたはじめは、土方が立ち上がるのを確認するとホッとしたようにまたたらいのある場所へと戻って行った。

『これじゃ仕事にならねぇじゃねぇか……』
土方は再びたらいの水を入れ替えてやると、救いの手を差し伸べてもらうために井上の姿を探しに出た。

◇◆◇

    チャプン。

「気持ちいいかい?」
「はい!」
井上が風呂場の掃除をしている間、風呂桶に少しだけ水を張ってもらいその中でちづるはチャプチャプと遊んでいた。
「皆は今どこですか?」
「皆かい?皆も今頃中庭で同じようにたらいの水に浸かってるよ」

    チャプッ

あれほど機嫌良く遊んでいたちづるが寂しそうにしている。
「皆の所に行きたいです……」
「うーん、そうは言ってもなぁ」
ひょっとすると今頃へーすけ辺りなど素っ裸になっているかもしれない。そんな所へこの子を連れて行っても良いものか……そう井上が逡巡していると。

「源さんなんだあんたここにいたのか。悪いがあいつらの面倒もみてやってくれ」
ガラリと勢いよく脱衣場の扉が開かれ土方が顔を覗かせた。
「まったくあいつらときたら煩くてこっちは仕事に身が入りゃしねぇ……おい、どうした」
「中庭の皆の所に行きたいんだよな?……さてトシさん、一体どうしたもんかね」

しょんぼり俯くちづるの姿をしばらく眺めていた土方は、風呂場の隅から桶を手にして戻ってくるとスッと腰を落とし優しい声音で話しかけた。
「……こっちの小せぇ桶でも我慢出来るか?」
今までのように泳ぐことは出来なくても、ちづる一人が浸かる分には十分の大きさ。
「あっちのたらいはもうあいつらで一杯だからな……おまえの入る分がねぇんだよ。この桶で我慢出来るか?」
確かめるように自分を見上げるちづるに、井上は穏やかな声で土方の話に言葉を足してやる。
「その桶でいいんだったら中庭に連れていってくれるんだとさ」
「はいっ!我慢出来ます!」

『わーい!!』途端に表情を輝かせ嬉しそうにしているちづるの頭上で、『ったく。贅沢な奴らだよな』と土方と井上が交わした視線は、その言葉とは裏腹にとても温かいものだった。

◇◆◇

「源さーん、水入れ替えて欲しいんだけど」
「はいよ。ちづるちゃんはまだいいのかい?」
「はい、ぬるくて気持ちいいです」
「ははっ、ぬるくて気持ちいいか……じゃあ少しだけ冷たい水を入れてあげようね」
「はい!」

縁側に腰掛ける井上は彼らの水遊びを見ながら心和ませ。
そんな彼らを横目にしんぱちは島田の手を借りながら屯所中の障子を張り替え。


……一方その頃としぞうはというと。

「……遅ぇ」
今日こそは来るに違いないと、金物屋の親父が来るのを今や遅しと待ち侘びる健気な彼の姿を屯所の門の所で見た者があったとかなかったとか    



【 完 】







実はこのお話、イラスト『2枚』載せてます。「……2枚?(・ω・`o)」って思った方は、どうぞイラストの上にマウスを乗せたり除けてみたりして下さい♪





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