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610&hari

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【くりすます 〜素敵な贈り物〜】



昼食の時間。せっせと食べ物を口に運ぶ彼らに永倉が声を掛ける。
「さっき玄関の前通ったら、おまえら履物の脱ぎ方が酷かったぞ。……あれ見つかったら山南さんに『今年の“くりすます”は無しですね』って言われちまうんじゃねぇのか?」
その言葉にぴくりと反応したのは、先程玄関からあがってきたしんぱちとへーすけ。自分達に心当たりがあるのかスックと立ち上がると玄関に向かって走っていく。

「……“くりすます”って何ですか?」
皆と並んで食事をしていたちづるが隣に座るさのすけに尋ねる。
「“くりすます”っつーのは師走の暮れ近くに俺らが何かひとつ大人達から物を貰える日なんだよ。
ただ気を付けなくちゃならねぇのが『行儀よく礼儀正しく』してなくちゃ貰えねぇって事だな」
「きみだって良い子にしてればきっと何か貰えるはずだよ」
「本当ですか?!」
話に口を挟むそうじの言葉に、ちづるの瞳がきらきらと輝く。
「その代わりちゃんと行儀よくしてなくちゃ駄目なんだからな?」
「はい!」

神妙な顔で聞き入るちづるを眺めながら、向かい合わせで座る原田達が小さな声で言葉を交わす。
「……おいおい、何だか微妙に説明がおかしい気がするけどいいのかあんなんで」
「ま、あいつらの認識としちゃその程度だろうよ。今更西洋の行事だなんだと言った所で理解なんて出来っこねぇって」
「それで、あの子にあげる物は何になったんだよ」
「まだ決まってないみたいだぜ。山南さんと土方さんが難しい顔して相談してるの俺さっき見たもん」
「こればっかりは本人に聞くわけにもいかねぇし、かといってあんな小さい女の子の喜びそうなモンって言ってもなぁ」
出来るだけ本人の喜ぶ物を贈ってやりたい     そう考える大人達が、この時期になると毎年それとなく彼らの今欲しい物を探るのだが。
『あれがしたい』『これが欲しい』……普段そういう事を口にしないちづるだけ、どんなに探ろうとしても判らないのだ。

さのすけの説明が終わる頃、煮物の入った大きな器が本日の食事当番の手によって彼らの前に運ばれてきた。
「大根味が染みてて旨ーい!」
玄関から戻って早々へーすけは煮物の味に舌鼓を打つ。
「ちづるちゃんていつもあんまりおかず食べないよね。もしかしてあんまり野菜が好きじゃないとか?」
手元の取り皿が空っぽの彼女の膳を眺めながら、そうじがちづるに問いかける。
「そんな事ないです」
ふるふると首を横に振るちづるの前に煮物の器が回ってくると、そうじとさのすけが取りやすい高さまで器を持ち上げてやる。
「慌てなくていいからな」
「ちゃんと自分の食べられる分だけ取るんだよ?」
箸と取り皿を手にしたちづるは、自分の顔ほどもある大きな器に向き合った。

大根が……ちづるの箸から逃げていく。一生懸命挟もうとすればするほど余計な力が箸を持つ手に掛かってしまい、なかなかしっかり挟めない。
何度も繰り返し挑戦しているうちに、柔らかくしっかりと味が浸み込むまで煮込まれた大根は半分にちぎれてしまい……
そのうちの片方が器の外に飛び出すと、クチャッと音を立てて広間の床に落っこちた。

「ちづるって箸の使い方下手だなぁ」
無邪気に笑うへーすけの声に、ちづるが耳の先までシュンと項垂れる。箸を膳に置いてしまったちづるの取り皿に、そうじが手際よく幾つかの煮物を取ってやった。
「はい、これくらいは食べられる?」
「……ありがとうございます」
「箸は少しずつ練習していけばいいじゃねぇか、な?」
慰めの言葉をかけるさのすけの横からしんぱちとへーすけのやりとりがちづるの所にまで届く。
「でもよ、箸もろくに使えねぇ奴には“くりすます”はお預けだ!……って去年山南さん言ってなかったか?」
「あーそうそう。それで俺箸の練習したんだった!!」

「おまえら食い終わったならいつまでも喋ってねぇで表行って遊んでろ!」
箸をなかなか手に取ろうとしないちづるを気にしながら、永倉がしんぱち達に声を掛ける。
「大丈夫。今から練習すればきっと“くりすます”までにはきみもちゃんと箸が使えるようになるから。僕達皆練習相手になってあげるから……ね?」
そうじの言った『僕達』に自分も含まれていると気付いたはじめが、咄嗟にうまい言葉が出ないままとりあえずコクリと大きく頷いた。
しょんぼりと俯いたままのちづるの目に、その頷きが見えたかどうか。両手を置いた着物の上に一滴の涙がポツンと零れ落ちて    
「とりあえず今はさっさと飯済ませちまおうぜ」
さのすけの言葉に返される声はなく、そのまま静かに昼食は終わった。

◇◆◇

「今日はおまえ達が送ってくれたのか。どうだ、家で夕飯食べていくか?」
一瞬顔を見合わせたそうじとはじめが頷くと、良順はその返事に満足そうな笑みを口元に浮かべ、二人の頭を乱暴に撫でた。
準備の出来た席に、急遽二人の分の食事の用意が追加される。
「ちづる、この里芋の煮っ転がしを二人の皿に取ってやれ」

……よりによってどうして今日に限って。昼間の場面を思い出した二人が慌てて自分達でやろうと箸を手に取るその前に。
「はいっ、どうぞ!」
ちづるが二人の取り皿に、器用に里芋を取り分けていく。
「……ちづるちゃん、きみ箸ちゃんと使えてるじゃない」
思わず驚きの声を上げるそうじを良順が何を今更と言った風に笑い飛ばす。
「何を言ってるんだ。里芋だろうが黒豆だろうがこの子はちゃんと箸で挟めるよ。そうだよな?ちづる」
「はい!」
得意気にチョチチョチと箸で空を挟んで見せるちづるの仕草     何気なく眺めているうちにある事に気がついた二人は、目を瞠るとその手元に釘付けとなった。

「ちょっとちづるちゃん、どうしてきみのお箸こんなに短いの?」
「箸だけじゃないぞ、そうじ……見ろ、ご飯茶碗も味噌汁の椀もこんなに小さい」
自分達が普段屯所で使っている物に比べてずっとずっと小ぶりなそれらから視線を外せずにいる二人に、良順が事情を説明してやる。
「おまえさん達もまだまだ小さいがな、この子はもっと小さいんだ。箸を掴む手も茶碗を持つ力も……な」
この小さなお茶碗に比べたら、普段屯所で出されている物は彼女にとってはどんぶり……箸もまるで菜箸だ。
そうじとはじめ二人の脳裏に、必死にお茶碗を持つ屯所での彼女の食事をする姿が浮かび上がる。
「ちづるちゃん、だったらどうして屯所でご飯食べる時に『このお茶碗じゃ大きい』って言わないの?」
「ああ……それは私のせいだな」
まるで我が子を見つめるように、細めた目で愛おしそうにちづるを眺めながら良順は話を続ける。
「この子には日頃から言って聞かせてるんだよ。お世話になるんだから、あちらに行ったら良い子にしていなければいけないよ。我侭や贅沢を言ったらもう呼んで貰えないから……ってね」
しみじみ語る良順の話を聞いてはいないのか、あまり食の進まなかった昼間の分を取り返すように、ちづるはもりもりと煮物を食べる。
「一人だけ女の子なうえにまだまだ小さい。……面倒を見させられるおまえさん達も大変だとは思うが、これからも仲良くしてやっておくれ。この子は屯所に遊びに行くのをそりゃぁ楽しみにしているんだから」

帰り道、二人は良順の家で包んでもらった風呂敷包みを、かわるがわる交代で落とさぬように大事に屯所まで運んだ。

屯所に戻った二人が土方の部屋を訪ねると、
「さすがに今の時期、西瓜っていうのもなぁ……」
いまだにちづるへの贈り物が決まらないのか、山南と相談していた土方が障子に映る小さな影に気付き、慌てて山南に目配せをする。帳簿とひとりひとりへの贈り物の候補が書かれた紙をひとつにまとめ文机の引き出しにしまいこむのと、障子戸が開けられるのはほぼ同時。
「おまえら二人揃ってこんな時間に何の用だ?」
訝しがる土方達の前で、そうじが風呂敷の結び目を解きはじめがぽつぽつとこの包みの事情を説明する。
小さくて短い箸。掌にすっぽりと隠れてしまいそうなお茶碗。やがてそれらを手にして眺めていた土方達の表情がゆるゆると緩み    
「よく気がついたな……これちょっと借りててもいいか?」
「いいですけど、じゃあ土方さんが松本先生の所に返しに行ってくださいね」
ここから先は大人の仕事     後の事は土方達に任せると、二人は皆のいる広間へと戻って行った。

「あの子達のおかげで、我々は今年彼女に素晴らしい贈り物が出来そうですね」
「ああ……これと似たような物を当日までに探せると良いんだがな」
土方から手渡された茶碗の大きさを手の感覚で覚えるように、山南は掌に意識を集中させた。
「大丈夫ですよ……絶対探し出してみせますとも」

◇◆◇

いよいよ“くりすます”当日の昼食前。午後から出かけてしまう土方の部屋にちづるは一人呼び出された。
「おまえが松本先生の所に帰る前に俺が戻って来られないかもしれないからな」
そう言いながら、ちょこんと正座する彼女の前にひとつの包みを置いた土方は、開けてみるようちづるに優しく声を掛ける。中から出てきたのは    
「うわぁっ!かわいー!」
包みの中から可愛らしい柄の入ったお茶碗と短いお箸を取り出したちづるは、嬉しそうにニコニコ笑いながらそれらを手にして喜んだ。
「嬉しいか?」
「はい!すごくすごーく嬉しいです!」
「これであなたもご飯がしっかり食べられますね」
「はい!いっぱい食べて皆みたいに大きくなります!」


「……みて、この幸せそうな寝顔」
その日早速新しいお茶碗でお腹一杯お昼を食べたちづるは、昼寝の時間いつにも増して眠りこけていた。そうじやはじめ……彼らがぐるりと布団の周りを取り囲む。
「よっぽど嬉しかったんだな……見ろよ枕元に貰った茶碗と箸が並べて置いてある」



この一年、彼女はここでの時間をどう感じていたのだろう。いっぱい一緒に遊んだ気もするし、
言いたい事がちゃんと伝えられなくて結構泣かせたり寂しい思いをさせてしまったような気もする。
「……来年もいっぱい遊ぼうね」
彼女の好きなゆびきりの代わりに、一人ずつそっと優しく頭を撫でる。
「う……ん……」
彼女が目を覚まさぬうちに     全員こっそり忍び足で部屋を出て。
もう一度その可愛らしい寝顔を目に焼き付けると、そぉっと静かに障子戸を閉めた。



【 完 】







イラストの上にマウスを乗せ、そっとそのマウスをどかしてみてください。
……ちづるが貰ったお茶碗のアップが……(笑)φ(≧ω≦*)♪






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