novel-hari
【 純真無垢 】
屯所の廊下を、ちづるはコソコソと歩いていた。
『巡察に出掛けたそうじとさのすけが戻って来るまで、ひとりで遊んでいられるかい?』
『はい!』
約束した以上、きちんと良い子にしていなければいけない。それ位ちづるも分かっているのだが。
何と言うかその
自慢の耳はこれでもかという程手入れしてもうツヤツヤ。
手足の指は何度数えても同じ本数だし、これ以上自分の体だけしかない所で他にやる事が思いつかない。
『約束を破るのはいけない事』
分かっているからこその忍び足。
井上や山南に見つからないよう気をつけながら、ちづるは屯所の中を探検していた。
◇◆◇
辿り着いたのは、どこか見覚えのある襖。
中に誰かいるのだろうか。ちづるは勇気を出し襖を開けると、そっと中の様子を窺った。
「……?」
部屋の中は障子戸が締め切られ、どこかぼんやり薄暗い。
二組の布団。畳の上にはみ出しているモフモフした尻尾を見つけたちづるは、そろそろと部屋の中に入っていった。
布団の中にいたのはへーすけとはじめ。
『はじめとへーすけは昨晩の巡察に付いて行ったから、今日はまだ寝ているんだよ』
確か井上がそんな事を言っていたような。疲れているのか、二人共よく眠っている。
ちづるは足音に気をつけながら枕元に回ると、チョコンとその場に座り込んだ。
小さな手のひらをぽふっとそれぞれの頭に乗せる。
「っ?!」
横を向いて寝ていたはじめは、驚いてすぐに目を覚ましたが、
「ん〜〜、まだもう少しぃ……」
寝起きの悪いへーすけはまだまだ遠い夢の中。
てっきり誰かがいたずらを仕掛けにきたのかと勘違いしたはじめが、布団から起き上がろうとすると、
「いい子だねぇ……」
(……ちづる?)
聞こえてきたのは千鶴の声。
なぜ彼女がここにいるのか。そしてなぜ彼女は自分達を褒めているのか。
今の状況を把握しようとしても、寝起きの頭はなかなか思うように動かない。
そうこうしているうちに、ちづるの手は優しく二人の頭を撫ではじめた。
「むかしむかし
頭の上から聞こえてくるのは、はじめも聞いた事のある御伽噺。
「…………」
今更起き上がる事も出来ず、仕方なくはじめは寝たふりをしながらじっと彼女の声に耳を澄ます。
「おじいさんが山へしばかりに行くと
小さな呟き。
けれど、布団の中で聞くには十分な大きさの声。
「…………」
何のためにちづるはここで御伽噺を話しているのか。この頭を撫でている手の意味は何なのか。
はじめの頭の中は次々湧いてくる疑問でいっぱいなのに対し、
「んん〜〜山ぁ?俺も行くぅ……」
隣で寝ているへーすけは見事に夢の中から御伽噺に参加している。
「
とうとう最後まで話し終え、ちづるの手がようやく離れた。はじめが気を抜いたのも束の間、
「さ、そろそろ眠ったか?」
「!」
再び頭の上に手が乗せられた。
「ほら、手も尻尾もちゃんと布団に入れて。今の時期、風邪を引いたら大変だからな」
ちづるのものとは違う、このどこかで聞いた覚えのある口調
「明日は誰がお迎えに来てくれるんだろうな」
「…………」
ああ、やっぱり。これはちづるがお世話になっている松本医院、松本良順の口真似。
きっとちづるが眠るまで、松本がこうして傍にいるのだろう。
一通りの真似事が終わったのか、最後にポフポフと優しく頭を撫で、ちづるは静かに立ち上がった。
「おやすみ。……良い夢を見るんだよ」
「…………」
結局最後まで寝たふりを続けてしまったはじめと、
「ん、やすみぃ……」
更に深い眠りに入ってしまったへーすけを残し、ちづるはまたひとりコソコソと縁側に戻って行った。
【おまけ】
「ねぇねぇ。はじめ君、絶対目を覚ましてるよね」
「だな。ありゃ俺ら止めにいかなくていいのか?」
「いいんじゃない?だってほら、はじめ君の尻尾楽しそうに動いてるし」
「……俺にはどうしていいのか困ってとりあえず動かせるとこを動かしてるようにしか見えねぇけどな」
「悪気がないから困るよねぇ」
「……おまえ完全に楽しんでるだろ」
【 終 】
何も知らずにその後様子を見に来た源さんに「ひとりでおとなしくしていたんだね」って褒められればいい。
そしてはじめは「……あれ?はじめ君、何だか寝足りないって顔してるけどどうしたの?」ってそうじとさのにニヤニヤされればいい。(´ω`*)
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