UUTT

610&hari

collaboration
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【君の笑顔が見たいだけ】



    中庭を通り抜けたところにある小さな秘密。



    というわけだからさ。あと一日、何とか隠し通せるように協力してくれよ」
「……本当に今日一日だけで良いのかよ?」
「ああ。昨日これくれた親父が言ってたから間違いねーって」
「しかしよ……普段あれだけ一緒に遊んでいるおまえの傍に今日に限って寄せ付けねぇようになんて難しいと思うけどな」
「しんぱっつぁんそこをなんとか。頼むっ!この通りっ!!」
戸惑い顔を見合わせるしんぱちの前でパチッと両手を合わせてへーすけが頭を下げる。

昨日、散歩に出かけた先で貰ってきたひとつの鉢植え。
数日中には咲くと教えてもらったへーすけは、自分がこの鉢植えの面倒を見ると名乗りをあげたのだ。
ただ問題がひとつ。
花を咲かせるまでこの鉢植えの事は、ちづるに内緒にしておきたい。そこでへーすけは今日自分が水やりをしている間、ちづるが後を付いて来ないようにこうして頼んでいるのだ。……頼める相手がしんぱちしかいないというのが何とも心許ないのだが、今日に限ってそれぞれどこかに出かけていて彼以外はいないのだから仕方がない。

◇◆◇

いつものように屯所にやってきたちづるは、一緒に遊んでもらおうとへーすけの姿を探した。
キョロキョロ辺りを見回すも……いつもなら『ちづるおはよー!』と走ってきてくれる彼の姿が見当たらない     と、井戸の傍から中庭の奥へ点々と水滴が続いているのに気がついた。
「……?」
普通の大人なら気がつかない程の小さな水滴。けれど誰よりも目線の低いちづるはその水滴を辿って歩き始めた。
「うぉっ、やべぇっ!」
背後で声がしたと思った次の瞬間、ちづるの目の前にしんぱちが立ちふさがり両手を広げて“通せんぼう”の姿勢をとった。
「ちづるちゃんあっちで一緒に遊ぼうや。俺見てもらいたいものがあるんだよ」
「はい!」
この水滴はなんだったのか、どうしてしんぱちは通せんぼうをしたのか     遊んでくれるという言葉の前で、それらの疑問はすぐにどこかにいってしまった。

「でよ、これが『水月すくい』っていうんだぜ?」
「……」
何をして遊んでくれるのか……期待してしんぱちの後をついていったちづるを待っていたのは、延々と繰り広げられる剣術の型。最近道場をこっそり見学していたしんぱちは、ちづる相手に覚えたての型を披露し続けている。刀に興味のないちづるが退屈そうに欠伸をしても夢中になっているしんぱちは一向にそれに気がつかない。
ふと中庭を見るとへーすけが井戸の傍で何かしている。ちづるは顔を輝かせるとぱっと中庭へと飛び出した。

一方同じ頃へーすけは、ちづるに見られているとも知らず、汲み置きしてもらった桶の水をそっと掬い上げていた。
この水を何に使うのか……そこまでちゃんと説明していれば柄杓なりお椀なり何か便利なものも用意してもらえたはずなのだが、残念な事にへーすけの頭は水を桶に汲んでもらうただその事でいっぱいになっておりそこまで考えが回らなかったため、こうして手で掬っては鉢植えの所まで歩いているのだ。

先程ちづるがみつけた水滴は、へーすけの手の隙間から零れた雫。
ただでさえ一度に掬える量が少ないのにぽたぽたと零してしまうから何往復してもなかなか十分な量の水を運べずにいる。

「へーすけ君おはよう!」
「えっ?!」
突然掛けられた声に驚いてふりかえると、そこには眩しいばかりのちづるの笑顔。
「お、はよう……っておまえこんな所で何してんの?」
「お手伝いしてもいい?」
差し出された掌は、両手を合わせてお椀の形を作っている。
「いや、気持ちは嬉しいんだけどさ。こっちはいいから向こうでしんぱっつぁんと遊んでろよ」
へーすけはそう言い残すとちづるを置いてそのまま歩き始めた。

「あれ、ちづるちゃん?……ぬぉっ!へーすけっ、おいへーすけ後ろ!!」
やっと我に返ったしんぱちが、いつの間にか目の前からいなくなっていたちづるの姿を探すと     手の中の水を零さぬようそろりそろりとへーすけの後を追うちづるの姿。
焦ったようなしんぱちの声に言われるまま振り返ったへーすけは、掌の水の事など忘れ慌ててちづるの所まで戻っていく。


朝顔1


「だぁから、本当にこっちはいいんだって!」
いつものへーすけなら絶対に使わない少し強い口調で言われ、ちづるはビクッと立ち止まった。
「悪い悪い」
「もう……しんぱっつぁん頼むよ。ほらちづる、おまえあっちに行ってろよ」
「ちづるちゃんもうすぐ昼飯だから俺と一緒に炊事場覗きに行こうぜ。……な?」
へーすけに肩を押されしんぱちに腕を取られた瞬間。大事大事に運んできた掌の水がピチャと音を立てて地面に落ちた。哀しげな彼女の顔に気付かぬまま、へーすけはもう一度水を掬いに井戸まで戻り、しんぱちはちづるを引っ張って炊事場へと向かった。

◇◆◇

その日の午後、外出先から戻ってきた他の者達に混じってちづるは縁側で西瓜を食べていた。プップッ……隣に座るしんぱちが中庭に向けて器用に種を飛ばしていく。得意気な顔をする彼に負けじとへーすけも力いっぱい飛ばしてみせる。
放物線を描きすぐに見えなくなった種を追うように、ちづるも真似をして口からプッと吐き出した。

……ポトッ。

上手に飛ばすことが出来なくて……ちづるの口から飛び出した種はぽとりと力なく足元に。
「ちづる下手だなぁ。いいか?こうやって……」
決して悪気はないのだけれど、今のちづるにとってへーすけからのこの言葉はただ胸に刺さるばかり。そうこうしているうちにさっさと食べ終わったへーすけとしんぱちが、ちづるの後ろでドタバタとじゃれ始めた。

「食べないの?」
食べかけの西瓜を手にしたままぼんやりしているちづるに、隣に座るそうじが声をかけた。
見れば自分以外は皆食べ終わっている。慌てて西瓜を口元に運ぼうとした瞬間、ドンッと背中に強い衝撃を受けたちづるは手にした西瓜もろとも目の前の地面に転げ落ちた。
「やべっ!!」
ぶつかったのはしんぱち。つい夢中になって遊んでいるうちにいつの間にか本気の取っ組み合いになっていた二人は、後ろにちづるがいることを忘れ思い切りぶつかってしまったのだ。

「ちづるちゃん大丈夫?」
「……」
いつもなら元気の良い返事が返ってくるはずなのに。
今のちづるは目の縁いっぱいまで涙を溜め込んでうっかりそれが零れ落ちないように口をキュッとつぐんで堪えていた。
「……顔、洗いに行こうか」
袴についた埃を払い落としたそうじは、ちづるの手を引き風呂場へと向かった。

◇◆◇

「……で、何で俺んとこに来るんだ?」

落ちた時に汚れてしまった手と顔を洗い終えたちづるが連れてこられたのはとしぞうが一人寛ぐ土方の部屋。土方不在の為ようやく出来上がった刀を手に一人悦に入っていたところへ、そうじが連れて行ったのだ。
「だってちづるちゃん全然泣き止まないからこのままじゃ皆の所へ戻れなくて」
「何が全然泣き止まねぇだ……どうせこいつが我慢してる所を捕まえて『ほら……泣いても良いんだよ』とか言ってそそのかしたんだろ?」
としぞうの言葉に肩を竦めるそうじ。としぞうのこの予想、あながち的外れというわけでもないらしい。

そうじに置いていかれたちづるはヒックヒックと部屋の入り口に立ったまましゃくりあげている。
「ほら……そんな所に突っ立ってんじゃねぇよ」
こっちへ来いと手招きした途端    
「うわぁぁぁん!!」
としぞうの胸に飛び込んできたちづるはそんな声が出せたのかと驚く程の大音量で再び本格的に泣きはじめた。
「馬鹿、泣くんじゃねぇ!これじゃまるで俺が悪いみてぇじゃねぇかっ!」
「だって……んっく……うわぁぁん……」

ちづるは哀しかったのだ。
いつも一緒に遊んでくれるへーすけにあっちに行けと言われた事も、お手伝いしようとしたお水が地面に零れてしまった事も、大好物の西瓜が地面に落ちてしまった事も    
言いたい事もしゃくりあげ続けたせいで喉がつまってうまく言葉になって出てこない。それがまた哀しくてちづるの目から次々と涙が零れ落ちる。完全お手上げ状態のとしぞうを前に泣き続ける彼女の泣き声は、縁側を伝ってへーすけたちのいる場所まで届いていた。

「おい……謝りに行かねぇのか?」
永倉や原田……大人達に促されても、へーすけはその場でただじっと立ち尽くしていた。今、謝りに行ったところで万が一庭の奥にある秘密について質問されてもまだ答えられない……それでは結局また寂しい思いをさせるだけ。
これだって元々は彼女の喜ぶ顔が見たいただそれだけの事だったのに。


朝顔2


泣き声が徐々に細くなりやがて聴こえなくなった頃。
「泣き疲れてとしぞうの隣で金平糖齧ってるぜ」
「金平糖?何でとしぞうがそんなモン持ってんだよ」
「最近、何かって言うとちづるのお守りを押し付けられてっからだろ?あいつなりに扱いのコツみたいなもんを掴んだんじゃねーの?」
「今日はもうそっとしといてやろうぜ」
「……としぞうには悪いけどな」
皆の話し声を背に、平助は鉢植えの元へと駆けて行った。

鉢の中では、さなぎが蝶になる瞬間のように見るからに柔らかそうな蕾が、あとほんの一息というところまで咲きかけている。これなら     走って戻った平助の目に映ったのは、さのすけに手を引かれ松本医院に帰る千鶴の姿。

「ちづるっ!!」
大きな声で呼び止めて、へーすけも門の外へと飛び出した。
泣き止んでから大分時間が経ったからか……振り返ったちづるは鼻も赤くなければ瞼も腫れておらず、その事が少しだけへーすけの心を軽くした。

「ちづる……あの、さ。明日の朝は俺が迎えに行くから。明日おまえにイイもん見せてやるって約束するよ!」
「いいもん……?」
「ああ、すっげーイイもん!おまえに一番最初に……な?だから明日はちゃんと早起きして待ってろよ?」
「ちづる良かったじゃねぇか。良いものって何だろうな?」
「……はい!」

鳴いた烏がなんとやら……ちづるは自分の手の中から一番小さい指をそっと差し出して、へーすけに指切りをせがんだ。照れ臭そうに指を絡ませながら、へーすけはもうひとつ思いついた事を伝える。

「明日……さ、もし明日のお茶の時間に西瓜が出たら、俺のひと口おまえにやるな」
「ひと口っておまえケチくせぇなぁ……」
さのすけが呆れるその前で、『じゃあそれもゆびきり!』とちづるはもう片方の手もへーすけに向かって差し出した。


こうして暑い夏の一日は、橙色の夕焼けと一緒に幕を下ろし。
翌日嬉しそうにはしゃぐ可愛い笑い声が中庭の奥から聞こえてきたけれど     それはまた別のお話。



【 完 】











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