UUTT * Side_Hari

hari

novel-hari
▲gallery top



【 一心不乱 (前編) 】





「お菓子をくれなきゃ食べちゃうからな!」
「悪戯させなきゃ食っちまうぞ!」
「おい、平助。こいつらに適当な事を吹き込んだのおまえか?」
「まさか。どうせそうじだろ。あいつお菓子を独り占めするつもりなんじゃねーの?」
「……悪戯は不本意だ。何か菓子を貰えないだろうか」
「この金平糖で良いか?」
「ああ。ちづる、おまえも手を……」
「はい、ありがとうございます!」
「おまえら、さのすけと一緒に隣の部屋に行ってた方がいいぜ。ここにはもうすぐ鬼が来るからな」
「鬼、ですか……?」
「さいとう、ちづる、巻き込まれねぇうちに逃げようぜ」
「はい!」
「てめぇら! 屯所の中で騒ぐんじゃねぇってあれほど俺が――」
「……急ぐぞ」

『はろうぃーん』なる行事で楽しく過ごしたのはつい先日のこと。
逃げて、笑って、怒って、叫んで。
最後は皆で縁側に並んで座り、濃い緑茶と一緒に金平糖をこりこり齧った楽しい思い出。
「……」
あれから幾日も経ち、屯所の中はいつもと変わりない時間が流れている。

人けのない縁側に、ちづるはひとりでぽつんと座っていた。


◇◆◇


稽古の見学をする者。巡察の大人について行く者。
皆それぞれやる事があって、皆それぞれに忙しい。
そしてそれらは、ちづるが参加出来ないものばかり。
「……」
自慢の耳は何度も撫でて既につやつや。
手脚の指は、今日もやっぱり何度数えたところで十本きっかりちょうどの数。

やる事がない。つまらない。
だけどそれを言ったら我が儘になってしまう。
誰か早く帰って来ないかと、そんな事を思いながらちづるが縁側で足をぷらぷらさせていると、
「トシっ、大丈夫か?!」
不意に少し離れた和室から、人の話し声が聞こえてきた。

(何かあったのかな……)

足音を忍ばせ部屋に近付き、障子戸をこっそり細く開け、中の様子に耳を澄まして目を凝らす。
今にも立ち上がらんばかりに腰を浮かせた近藤の隣で、土方が苦しそうに懐紙で口元を押さえて咳き込んでいる。
「水を持ってこようか?」
「いや、大丈夫だ……頼む、近藤さん。この事はくれぐれもあいつらには内緒にしてくれ……」
「あ、ああ……」
具合でも悪いのだろうか。
土方は朝から晩まで忙しそうにしているから、無理が祟ったのかもしれない。

『今日は昼から人が来る。縁側で騒ぐんじゃねぇぞ』
『はい!』
『……よし、良い返事だ』

優しく頭を撫でてくれる土方が、あんなに苦しそうにどんどん胸を叩いている。
自分に何か出来る事はないだろうか。
ちづるは来た時と同じように足音に気を付けながらこっそりその場を離れると、勝手場を目指して一目散に駆けだした。



勝手場の中にいたのは、野菜を洗っていた井上と、鍋を火にかけていた山崎のふたり。
「おや、そんなに慌ててどうしたんだい?」
「えっと……」
ちづるはとことこと山崎の傍まで歩いていくと、背伸びをしながら鍋の中身を覗き込んだ。
「これは薬ですか?」
「ああ。危ないから、もう少し火から離れてくれ」
「はい」
言われた通りに二、三歩下がり、ちづるは山崎の顔をじっと見上げた。

「残念だが、これはきみには使い道のない薬だ」
「そうなんですか……?」
「二日酔いの時に飲む薬だからね。山崎君は、永倉君や藤堂君のために作ってあげているんだよ」
「別に俺は……。あの人達には組長としてちゃんとしていただかないと、大変なのは土方さんですから」
「!」
突然出てきた土方の名に、ちづるの肩がぴくりと揺れる。
山崎は、土方を楽にしてあげたくて、薬を煎じているという。
けれど永倉や平助がこれを飲む事と、土方を楽にしてあげるという事のふたつが、あたまの中で結びつかない。
『二日酔い』なるものがいかに苦しくて、周囲に迷惑を掛けているかを知らないちづるがこてりと首を傾けた。

「土方さんが飲めるお薬はありますか?」
「土方さんが……? 具合が悪いとおっしゃっていたのか?」
「えっと……」

『……頼む、近藤さん。この事はくれぐれもあいつらには内緒にしてくれ』

「……」
口を噤んでしまったちづるの頭の上で、井上と山崎が視線を交わす。
ちづるが悪戯に薬を飲ませたいなどと言うような子ではないと、これまでの彼女を見て知っている。
井上は膝を曲げて目の高さを合わせると、穏やかな声音で話し掛けた。
「例えばどんな薬を飲ませてあげたいと思うのかね」
「吐きそうになるのを押さえるお薬か……胸の苦しいのを失くすお薬、です」
吐きそうなうえに、胸が苦しい?
今朝の幹部会ではそこまで具合が悪いようには見えなかったが、無理して隠していたのだろうか。

「井上さん、すみませんがここをお願いしてもいいですか?」
「ああ、それは構わないが……薬屋にでも行くのかい?」
「いえ。下手な薬よりよっぽど効く野草の生えている場所を知っていますので、今から行って摘んできます」
「なるほど。それを煎じて飲ませるというわけか」
「ええ」
「あ、あの……!」
「ん?」
「私も連れて行って下さい!」
「いや、だが……」
「お願いします!」
長い耳が地面すれすれのところまで、ちづるは頭を深々と下げている。
「いいじゃないか。すすむも一緒に連れて行って、彼に面倒を見させれば」
「そう簡単に言いますけど……」
野草の生えているその場所は、普段滅多に人が立ち入らないような薄暗い森の中にある。
「……途中で帰りたいなどと言ったりしないと約束出来るか?」
「出来ます! 絶対に帰りたいって言いません」
「すすむを連れてきたよ」
「では、後をよろしくお願いします」
「行ってきます!」
「ああ。気を付けて行っといで」



町の中は、今日も多くの人で賑わい、華やかな空気が満ちていた。
そんな中、小さなふたりは置いていかれまいと、脇目も振らずに必死で山崎の後を追う。
休みであれば、ゆっくり市中見物でもさせてやりたい所だが、土方の事を思うと悠長な事など言っていられない。
「ふたり共、大丈夫か?」
「はい」
「……はい!」
鬱蒼と茂る森の中、木の根やぬかるみに何度も足を取られそうになりながら、それでもちづるは歩き続ける。


『土方を助けたい、役に立ちたい』ただその一心が、三人の足を前に進ませていた。



【 つづく 】



一心不乱:心を一つの事に集中して、他の事に気をとられないこと。また、そのさま。











※アイコン以外のサイト内画像の無断転載はご遠慮願います
No reproduction or republication.without written permission.











Copyright (C) 2010 Yorname. All Rights Reserved.