【ちづる、忍装束に憧れる】
「……長い布?」
「はい!長い布を一枚貸して下さい」
洗濯物を畳んでいる千鶴を手伝いながら、珍しくちづるが頼みごとをしてきた。
「長い布……こういう手拭いじゃ駄目?」
ちょうど手にしていた手拭いを見せても、ちづるはふるふると首を横に。
「それだとちょっと短いんです」
「だったら隊士の皆さんが怪我をした時に巻く布とか」
「もう少し太くないとダメなんです」
「太くって事は、幅がないとって事?」
「はい」
さらしは駄目、たすきも駄目。意外に希望通りの布が屯所の中では見つからない。
ちづるだって、我がままを言いたくてこんなお願いを口にしたわけではないのだが、
「うーん……他に布ってあったかなぁ……」
考え込む千鶴を見上げているうちに、しょんぼり耳が垂れてしまった。
「何に使うのか聞いてもいい?」
「口の周りに巻くんです」
「口の周り?」
「はい!それで色んな所をサササーッて走るんです」
「色んな所……」
顔半分、口元を布で覆い隠し、音も無く走る人物。
一体ちづるは誰の真似がしたいのだろう。
(もしかして……!)
「その人って、黒い着物を着ていなかった?」
「はい!この間お昼寝が終わってお布団を畳んでいたら、ここの下から出てきました」
ちづるの言う“ここ”とは、いわゆる縁の下。
(やっぱり!)
ちづるが見たのは、やまざきすすむとみて十中八九間違いない。
彼は今、山崎の任務に付いていける日を夢見て、日々せっせと自主練習に励んでいる。
「すすむさんて言うんですか?」
「あ、うん。その時お話はしなかったの?」
「はい。傍に行こうとしたらどこかに行っちゃいました」
誰にも見つからないよう移動する訓練なのに――と、反省しながらその場を走り去るすすむの姿が目に浮かぶ。
自分に興味を持たれたなんて、彼が知ったらどう思うだろう。
「あっ!これ!」
「えっ?」
突如上がった弾む声に千鶴が目の前に意識を戻すと、ちづるが洗濯物の山から何やらずるずる引っ張り出した。
「これ、貸して下さい!」
「それ……」
はじめが大切にしている襟巻き。洗い替えがあるとはいえ、大事にしている事には変わりない。
「はじめくんに『少しだけ貸して下さい』ってお願いしてみれば?」
「お願いしたら貸してくれますか?」
「うーん、どうかなぁ。でもちづるちゃんだって、自分が大事にしている物を勝手に使われたら悲しいでしょ?」
自分が大事にしている物。
松本良順に用意してもらった着物、『これで私達お揃いだね』と千鶴がくれた結い紐。
それらを自分が知らない所で誰かに使われたとしたら――
「……悲しいです」
考えただけで寂しくなる想像。
『自分がされて嫌な事は、他の人にもしてはいけないよ』という松本の教えを思い出し、ちづるは手にした襟巻きを握り締めた。
「これ、貸して下さいってお願いしてきます!」
「うん!私の方も一応他に布がないか探しておいてあげるからね」
「はい!」
まだ貸してもらえるかどうかも分からないのに、ちづるは嬉しそうににこにこ笑いながら出て行った。
あんな可愛い笑顔を向けられれば、きっとはじめは断れないに違いない。
せめて今夜の夕飯は、彼の好きな豆腐のおかずにしてあげようと、千鶴はクスクス笑いながら残りの洗濯物を畳みだした。
【つづく……?】
